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「やりたいことは一つに絞るべき」は本当に正義なのか?

本屋のビジネス書コーナーに行き、左手で両目を隠したまま右手で無作為に本を選び取ると、だいたい10冊中8冊ぐらいにこう書いてあります。「やりたいことを一つに絞りなさい」と。

もしかすると、いまこれを読んでいるあなたは、いろいろなことに興味が移りやすく、飽き性かつ多趣味で、自分のことを「何をやるにも中途半端なダメなやつ」と思い込んでしまっているのかもしれません。

自分は人並み以上に飽き性かつ多趣味な人間なので、何事も中途半端なために感じるもやもやとした気持ち、とてもわかります。

僕は、学生時代は卓球部からサッカー部、軽音楽部、バレーボール部――加えて、20代前半までに10個以上のアルバイト経験をしてきたというぐらいの筋金入りの飽き性です。

仕事も一昨年までは留学特化のWebサイトとECサイト、海外に拠点を置いているツアー事業の運営など、いろいろと手を出していました。現在は流行病のせいですべて更地と化してしまいましたが……。

そんな自他ともに認める飽き性で多趣味の僕が「『やりたいことは一つに絞るべき』は本当に正義なのか?」ということについて考えていきたいと思います。

「やりたいことを一つに絞る」はただの「手段」

結論から言うと、僕は「やりたいことを一つに絞る」という考えには半分同意、半分反対です。

『なんだよ、答えまで中途半端なのかよ』と思われてしまうそうですが、そもそも「やりたいことを一つに絞る」という言葉自体が中途半端なものなんですよね。

趣味の範囲のやりたいことなのか、それともいずれは副業としてやっていきたいレベルのやりたいことなのか、人生を懸けてでも成し遂げたいやりたいことなのか――。

「やりたいことを一つに絞る」というのは、あくまで「手段」です。目的や目標ではありません。

人生の豊かさを求めるのならば趣味は多いほうが幸せかもしれませんし、ビジネスとして成果を出そうとするなら一点集中のほうがきっと効率がいいでしょう。

「何のためにやりたいことを一つに絞るのか?」という前提条件がすっぽり抜け落ちてしまっている状態で「やりたいこと」を無理やり一つに絞ってもただ苦しいだけです。

よくある3つの勘違い

「やりたいことを一つに絞る」ということを考えたときに陥りやすい3つの勘違いをまとめました。

「一生モノ」のやりたいことを見つけようとしてしまう

「やりたいことを一つに絞る」という作業をしているとき、多くの人が陥りやすい罠が「いきなり一生モノのやりたいことを探してしまう」ことです。

やる前から『自分にはこれしかない!』とやりたいことを一つに絞れる人は、そもそも「自分のやりたいことってなんだろう」などとは悩みません。何事も実際にやってみないと、自分が本当にやりたかったことなのか、なんてわからないのです。

「何か一つに絞らなきゃ」と焦る気持ちはとてもよくわかりますが、いま、ここで一生モノのやりたいことを見つける必要はありません。

どんな会社で働いていようと、どんな資格を持っていようと、どんな学校を卒業していようと、一生そのことにしがみついて生きていかなければならない決まりはないのです。

「やるべきこと」を「やりたいこと」として分類してしまう

あなたの「やりたいこと」とは、もしかしたら「やるべきこと」だったりしませんか?

自分もつい混同させてしまいがちなのですが、やりたいこととやるべきことはできるだけ明確に分けて考えたほうがいいです。

ここの線引きが曖昧だと「やるべきこと」がどんどん「やりたいこと」を侵食していき、小さな精神的ストレスがボディブローのようにじわりじわりダメージとして蓄積されていきます。

「やるべきこと」はそれこそ無限にあるので、「やらないことを決める」といったアプローチから自分のやりたいことを絞っていくのもいいかもしれませんね。

飽き性で多趣味な自分は「何者」にもなれない、と思ってしまう

『やりたいこと、一つに絞らなきゃ』

何度もそう思って、何度も軌道修正して、その度に「自分にはこれしかないんだ」と思い込もうとして、それでもやっぱりまた違うことに興味が出てしまって。僕もずっとこの繰り返しです。

でもここで勘違いしてほしくないのは、「飽き性で多趣味なこと」と「自分は何者にもなれない」ということはイコールではないという点です。

逆に言えば、やりたいことを一つに絞ったからと言って何者かになれるわけではない、ということですね。

やりたいことエネルギーを数字として捉えてみる

たとえば、自分の「やりたいことに注げるエネルギー」の総量が100だとして、やりたいことが3つあったとしましょう。

もちろん、エネルギーは3つに分散することになるので、単純に考えればそれぞれの分野に割けるエネルギーは33.333……となります。

ではやりたいことを一つに絞った場合はどうなるでしょう? 100のエネルギーを注げるのでは、と思ってしまいがちですが、現実はそうとも限らないのです。いったいどういうことか?

つまり――「やりたいことを自分が思うようにやれていない状態」のほうが「やりたいことをやっているとき」の集中力や幸福度は高い場合もある、ということです。

常に自分のやりたいことができている状態――自由であるということは非常に素晴らしいことですが、一方で「いつでもやりたいことができるのだから、別にいまやらなくてもいいか」という思考や行動パターンに陥ってしまう可能性もあるんですよね。

だんだんと「やりたいこと」を一つに絞っていけばいい

結果論としては「やりたいことは一つに絞るべき」は正義なのかもしれませんが、いま自分がいるステージや段階によっては「足かせ」となってしまう可能性も否定できません。

やりたいことがたくさんあって一つに絞れないと悩んでいるなら、まずは手広く、とりあえずやってみるのがいいと僕は考えています。

YouTubeやネット検索でその分野の情報を集めるだけでも違います。とにかく何らかの行動に移してみなければ本当にやりたいことなのか判断できません。

意外と「中身は自分の持っているのと違った」ということは多いです。表面が美しくても、中身も美しいとは限りませんからね。人間と一緒です。

まずは自分の興味ある分野を深堀りしていき、そこからだんだんと「やりたいこと」を絞っていってみる。絞るというよりかは、勝手に"絞れて"きます

どんなに器用な人間でも、一度に5人の女性に甘い言葉をささやき、全員に同じ愛情を注ぐことは不可能です。最初は違いがわからなくても、情報や経験を積んでいくうち、選択肢は放っておいても限られてきます。

「やりたいことを一つに絞る&絞らない」のメリット・デメリットを考えてみる

それでも、やりたいことを一つに絞るかどうか悩んでいるときは、

  • やりたいことを一つに絞った場合
  • やりたいことを一つに絞らなかった場合

それぞれのメリット・デメリットを紙に書き出してみましょう。

頭の中で考えているだけだと、つい見落としてしまいがちなことも整理できますし、一度可視化して客観視することで冷静な判断が可能になります。

紙はできるだけ大きいもの――少なくともA4以上――で、手書きでやると効果が高いです。僕はホームセンターで買ってきた90×60cmのホワイトボードを部屋の壁に設置して、立ちながら、歩きながら思考を整理するようにしています。

まとめ

  • やりたいことは「手段」であり、目的や目標ではない
  • いきなり「一生モノのやりたいこと」を見つける必要はない
  • 「やるべきこと」と「やりたいこと」を混同しないよう気をつける
  • 「飽き性で多趣味なこと」と「自分は何者にもなれない」という考えは切り離す

結論:「やりたいこと」はだんだんと絞っていけばいい。

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