オカルト

オカルトは科学によって滅亡したか?現代における「呪術・結界」とは

かつてはオカルトとして分類されていた事象・現象も、科学技術の発展によってだんだんと科学の範疇はんちゅうに収まりつつあります。

オカルトはこのまま衰退の一途を辿るしか道はないのでしょうか?

オカルトは科学によって滅亡するか?

問――オカルトは科学によって滅亡するか。

――否。オカルトは科学によって滅びることはありません。むしろ、科学が発達するにつれ、より輝きを放つものです。

そもそもオカルトとは本来、科学では解き明かせない超自然現象または神秘的現象を指します。つまり、科学で証明できないものこそがオカルトなのです。

しかし現代では、科学とオカルトの境界線が曖昧になっている節があり、言葉自体の定義にも若干の揺らぎが見受けられるように思います。

そのため「本来は科学で解き明かされていないこと」までをも「科学によって証明されている」などと勘違いをしてしまうのです。

科学に間違いはない

科学は100%正しいものとされているからこそ科学たりうるのであり、そこに全幅の信頼を寄せることにひとつも間違いはありません。

ただし科学の範疇を超えた分野において科学を持ち出し論じても、それはただの推論でしかなく、結論ではないのです。

「そうかもしれないね」と言えてしまう時点でそれはもう科学ではなくなってしまっているのです。「そうだ」と断言できなくては科学とは呼べません。

オカルトは身近に存在している

科学とオカルトはしっかりと境界線を分かつべき概念ですが、本質以上に科学を信頼する必要はなく、必要以上にオカルトを排除する理由もないのです。

不思議なことなどというのは案外にも身の回りに多く存在しており、ひとたび意識を向けてみれば一寸先は未知、なのです。

例えば、呪術――

呪術と言うと人を呪ったり、怨念や祟りなどをイメージする方もいらっしゃるかもしれません。

しかし呪術は英語に訳すと「magic」となり、どちらかというと魔法や魔術といった概念に近いものです。以下、デジタル大辞泉の解説です。

呪術(読み)じゅじゅつ(英語表記)magic

神や精霊などの超自然的力や神秘的な力に働きかけ、種々の願望をかなえようとする行為、および信念。まじない・魔法・魔術など。

言葉の定義は広いですが、あえて限定するならば「対象の相手の行動を誘導もしくは拘束し、こちらの思い通りにさせる」とすると一気に"呪術らしく"なるでしょうか。

現代における呪術とは

こう定義付けをすると、現代における呪術とは心理学――メンタリズムがもっとも近いものだと思われます。

例えば、よく詐欺師やセールスマンが用いるテクニックとして「一気に言葉を畳み掛けて相手の思考力・判断力を奪い、自分の考えに納得するよう働きかけ、目的の行動に導く」というものがあります。

相手の思考や行動を言葉によって拘束および誘導しているという点では、これも現代における呪術のひとつと言えるのかもしれません。

例えば、結界――

結界と聞くとどうしても「札のようなものを数カ所に貼り付けて、邪悪なものが侵入できないよう見えない壁を作る」という場面をイメージしてしまいますね。

結界(読み)けっかい(英語表記)sīmābandha

一定の場所をくぎり、その内側を聖域として外側から不浄なものが入らないようにすること。(葬儀辞典の解説より)

結界とはつまり、何らかの方法で特定の対象に対して不可侵領域を構築するということです。

現代における結界とは

現代における結界の例を挙げるならば、お手洗いのピクトグラムでしょうか。

正当な理由なくして男性が女性側の領域に足を踏み込むことはなく、その逆もまた然りです。

建造物侵入罪や迷惑防止条例違反など何らかの罪に問われる可能性がある、もしくは他人の目があるということも、お互いがお互いの領域に足を踏み入れない大きな理由と言えます。

しかしもし仮に法律に抵触せず、他人の目が届かない場所だとしても、おそらくほとんどの人が当然のように互いの領域を避けるはずです。それはいったいなぜでしょうか?

ただの木にマークがあるだけで

例えば、誰もいない鬱蒼とした山奥に「男女のお手洗いのピクトグラム」を左右の木に打ち付けてあったとしましょう。イメージしてみてください。

鬱蒼とした山の中に自分ひとり――左右の木にはそれぞれ男女のお手洗いのマークが掛けてある――。

特に理由はなくとも、自分が普段いつも"使っていない側"は避けたくなるはずです。

そこはただの山なのに。ただの木にお手洗いのマークが掛けてあるだけなのに。

同じように、工事現場に置いてあるような赤いコーンや黄色と黒のコーンバーも結界として機能させることは十分に可能だと思われます。

これはもう立派な結界と言えるのではないでしょうか?

まとめ

少々無理のある例だったかもしれませんが、オカルト――科学で解明できていないことは身の回りに確かに存在――見えないもの・隠されたものが"確かに存在する"というのはおかしな話ですが――しています。

自分という人間は「自分」というフィルターを通してでしか世界を見ることができず、また、自分という概念も「思考はどこから生まれるのか?」ということについて科学が答えを出さない限り、どうしても不確定要素は存在するのです。

たとえ1mmでも科学が踏み込めない領域がある以上はオカルトは不滅であり、つまりは今回の話についても信じるか信じないかはあなた次第ということです。

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