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なかなか行動できないときは「実験的な思考」を持つといいかもしれない

「なかなか行動できない」という場面のバリエーションは広いですが、たいていは「恐怖の感情」がネックになっているケースが多いように感じます。

「めんどくさい」は元を正せば「変化=恐怖」という脳の超自然的思考パターンのせいと言えますし、同じように「結果がわからない、どうなるか知らない」という不安や心配も「恐怖」に通じてきますね。

つまり、恐怖をいかに正しくコントロールできるかで行動できるかできないかが決まってくると言えるのではないでしょうか?

恐怖や不安といったものは生き物が生きていく上で必要不可欠なものですが、だからこそ「実際の体験に見合った適切な恐怖を形成できているか?」が重要になってくる、と。

そのためには「怖いか、怖くないか」という二択ではなく、「何が、どのように、どのぐらい怖いのか」を学習していく必要があります。

この結果はあくまで「実際の体験によって得られるもの」です。

頭の中だけで考えられることには限界があるので、なかなか行動できないときこそ「実験的な思考」を持ち、少しでも行動し経験を得ることが大切なのかもしれません。

なかなか行動できないときのメカニズム

なかなか行動できないときというのは、以下のような流れであることが多いように思います。

発想:◯◯をやろう・◯◯をやったほうがいいかも

疑問:◯◯は本当にやるべきなのか? ◯◯はやらないほうがいいのでは?

恐怖:アレも起こるかもしれない、コレも起こるかもしれない。やはり◯◯はリスクが大きそうだ

行動:◯◯はやらないほうがいい

特に第二フェーズ――疑問の段階においてのリスクを過大評価してしまっていることに行動できない大きな要因がありそうです。

実験的な思考を持つとは?

リスクの過大評価を避けるためには、第三フェーズ「恐怖」の次に「新たなフェーズ」を設けることが有効かと思われます。

つまり「◯◯はリスクが大きそうだ」から直接「◯◯はやらないほうがいい」に行くのではなく、その前に「実験フェーズ」を経由してみるということです。

行動にリスクは付き物

行動には大小関わらず「何らかのリスク」が必ず存在します。お金や時間を無駄にしてしまうかもしれない、迷惑がかかるかもしれない、怒られるかもしれない、嫌われるかもしれない――。

そんな当たり前のことを心配するぐらいなら、いっそ多少のリスクは覚悟の上で「楽しむ」ぐらいがちょうどいいのではないでしょうか?

そのために有効なのが、科学の実験のように行動によって得られる結果を実験感覚で楽しんでみる「実験的思考」です。

今の時代には「答え」が溢れすぎている

今の時代は「答え」が溢れすぎているため、自分の行動の結果もある程度は予測がついてしまうんですよね。

実験というのは「◯◯をやるとどうなるかわからないから試してみよう」もしくは「◯◯をやると◎◎になるはずだからやってみよう」というワクワク感が面白いのだと思っています。

結果がわかりきっているものをいくら自分で試したところで「つまらない」と感じるのは当然ですよね。

インターネットに本当の答えはない

ですが、「答え」が溢れかえっているインターネットにも自分が求める本当の答えはありません

ヒントや新しいアイデアのきっかけぐらいはあるとは思いますが、答えとは「自分で見つけるほかないもの」なのではないでしょうか?

たしかに人間の悩みなどというものはほとんどお金か仕事、人間関係のいずれかであり、何千年も前から本質的な部分は変わってないのかもしれません。

しかし、この地球上――否、有史以来現存していた人類の誰一人として「自分という人間」と同一の個体は存在しないのです。

つまり、自分とまったく同じ人間がいない以上、行動の結果も完全には予測できないんですよね。

自分の行動の結果は「未知」で溢れている

だからこそ自分の行動には無限の可能性と価値が眠っていると言えるのです。

自分という人間は一人しかおらず、故に他の人と同じ「行動」を取ったとしても、同じ「結果」を得られるとは限りません。

つまり、あらゆる行動から得られるあらゆる結果は千差万別――未だ解き明かされていない未知の要素があるということです。

これは一見すると悲しいことのように思えますが、とんでもない――むしろ、最高にスリリングで、エキサイティング、どんなゲームよりも面白いことなのではないでしょうか?

研究対象は「自分」で、一生ネタに尽きない、最高の実験です。

行動できないときはぜひ実験的な思考を持ち、未知の結果にワクワクしながら楽しんでみてください。

以上、なかなか行動できないときは「実験的な思考」を持つといいかもしれない、という話でした。

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