趣味とエンタメ

59日ぶりにブログ記事を書いたら脳から血の味がした

およそ2ヶ月ぶりに文章を書いたら、思うように言葉が出てこなくてゼエゼエ言いながらやっとの思いで記事っぽい記事を書きました。なまら疲れた(3時間もかかった

長らく人類と会話をしない期間を過ごしてからコンビニにハーゲンダッツ買いに行って、レジで店員に「スプーンはおつけいたしますか?」って聞かれて、頭ではちゃんと話してるつもりなんだけど口から出てくるのは一向に「あうあうあ(はい、つけてください)」しか出てこないあの感じです。

『家は人が住まなくなるとすぐに朽ちる』って言うけど、たぶん脳みそも同じようなもんじゃないかと思いますね。使わないと衰えます。ええ。

まあ自分で言うのもなんなんですが、最近めちゃくちゃ本読んでるんですよ。活字に溺れる勢いで本を読んでるんですよ。もう活字をエラで摂取して人類卒業一歩手前って感じ。

それでね、正直に告白すると、多少は頭よくなったつもりになってたんです。『本読んで勉強してるからカロリーも消費してるだろうし、知能指数もあがってるよな』って。

けどね、本読んで頭良くなるとかただの幻想でした。

たくさんの言葉を知ってるってのと、それらを使いこなして文章を作成するってのはまったく別のお話でした。

チャーハンの作り方も知ってるし、道具も素材も揃ってるけど、いざ作ってみるとめっちゃ疲れるし、出来栄え悪いし、なんかマズイ、みたいな。

やっぱり「文章は書かないと上手くならない」ってことを身を持って実感しました。脳から血の味がしてびっくりしました。インフルエンザかなって思いました。実際今でもちょっとインフルエンザ疑ってます。

そんなこんなで、すっかり文章作成レベルが二世紀ほど繰り下がってしまったので、近況報告がてら雑記スタイルで文章をひねり出してリハビリにつとめることにします。

ふだんのくらし

すっかり引きこもり民になってしまいましたが、毎日プリズナートレーニング(囚人が考えた自重トレーニング)やってるからオッケー(何がだろうか)ってことにしてます。

Twitterもぜんぜん更新してないし、ほとんど部屋からぜんぜん出ないし、アニメとゲームばかりしてるし、それ以外は本しか読んでないし。

まあでも引きこもりにも引きこもりのプライドってものがあってですね、部屋から出ないとしてもきちんと着替えはするし、早寝早起き習慣、日記習慣、読書習慣、筋トレ習慣、瞑想習慣は心がけているわけです。

なんかこんなこと書くと心因性の病気等が疑われそうなもんですが、あいにく健康そのものの生活習慣を送っているからか、心身ともにピンピンしてるのが解せない。強いて言うなら極度の運動不足が問題ってところでしょうかね。

もしかしたら何某かの精神的疾患を抱えているのかもしれませんが、別に普通に生きていけるので今のところ問題はありません。

というのも、近頃「心理学」って学問にハマってまして、勉強していくうちに『えっ、現代人って——特に日本人って——何かしらの精神病に分類されるんじゃね?』って思うんですよね。

まあ、それはさておき、おとなになってからの勉強っておもしろいよね。

おとなになってからの勉強っておもしろいよね

興味ある分野をとことん勉強できる楽しさって言うんですかね。

学生時代には血反吐吐くレヴェルで嫌悪、いや憎悪さえ抱いていた分野の学問でさえ、おとなになってから勉強すると楽しいという不思議。

心理学を勉強してると、哲学にも興味が出てきて、さらにルーツを辿っていくと歴史だったり、科学だったりにどんどん飛び火していくんですよね。

入り口はさまざまなんですが、単にアニメ観ててもやけにシェイクスピアやら神話、聖書、哲学者の著書からの引用だったりが多いじゃないですか?

『アニメがこんなにおもしろいんだから、きっとルーツになったものもおもしろいにちがいない!』と古典なる小説を読んでみると、ほらやっぱりおもしろい。

これまで「古いもの」として敬遠してきた諸々のおもしろさを改めて知って、今更「オトナヤバイタノシイ」「ベンキョウオモシロイ」「オレニンゲンクウ」ってなってます。

ルーツを知るとストーリーに深みが生まれる

アニメにしろ、小説にしろ、そのセリフなり描写なり、表現方法のルーツがどこから来ているかを知っていると、より一層ストーリーに重みや深みが出てくると思うんですよね。

僕が好きなジャンルだからなのかはわかりませんが、「よく引用される分野」ってのがありまして、特に哲学、宗教、心理学、テクノロジー、脳科学、文学あたりがよく出てきます。

それぞれの分野でも『これ知っとけば問題ないっしょ』みたいなのが一定数あって、もしかしたらそれこそが一般的に「教養」っていわれるものなのかもしれません。

まあこれは到底自慢できることではないですが、僕はこれまで勉強らしい勉強をしてこなかったんですよね。だから余計におとなになった今だからこそ勉強の楽しさを身にしみて感じているのかも?

「ひとつの物事や事象に対して、それに付随するさまざまな知識や情報が頭から飛び出してくる楽しさ」

「リンゴ」っていうひとつの物体に対しても、単に『あー、リンゴね。赤くておいしいよな』って思うだけじゃなくて、

『あー、リンゴね。旧約聖書の創世記では禁断の果実としてリンゴが出てくるよな。たしかイヴはヘビにそそのかされてリンゴ食ったんだよな……。そういえばAppleのロゴマークのリンゴがちょこっと欠けてるのはそこから来てるってどっかで聞いたことあるな……』

ってたくさん情報出てきたほうがおもしろいと思うのですよ。

きっとそういうところから『Appleの業績って上がってんの? 下がってんの?』って疑問が出てきて、『株価どうなってるかなー』って考えてみたり、『旧約聖書ってユダヤ教だっけ? キリスト教だっけ?』ってところにつながったりするんでしょうね。

今の御時世、スマホに調べたいこと突っ込めばなんでも教えてくれますが、なんだかんだ自分の頭こそ信頼、信用できるコンピュータってないですし、そういうある種のインスピレーション、ひらめきってのは人間の脳が持つ特長だとも思いました。

それにしても、記事タイトルの「脳から血の味がした」って不思議な表現方法ですよね。

人間の味覚って舌で感じ取っているわけですが、それを感じ取っているのって結局は脳じゃないですか。

味を感じているのは舌なんですか、脳なんですか、それともどっちもなんですか。

あー、ちなみにちらっと調べた結果、『舌の味蕾(みらい)が味を受容し、脳が感じる』ってのが正解らしいっす。

香り、色、ツヤ、形状、音、口の中の状態、温度、体調、雰囲気、気分、記憶、感情によっても味覚って変わってくるらしいっす。

学問って、ふしぎだね。

  • この記事を書いた人
  • 最新記事

-趣味とエンタメ

Copyright© 略してとりてみ , 2020 All Rights Reserved.