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ブログは単なる「アウトプットの場」だと割り切ると幸せになれる

『ブログが続かない!』
『記事を書くのがしんどい!』
『ブログを習慣化させたい!』

ブログって正直辛い作業ばかりですよね。

ネタがないとか、一向に稼げないとか、時間かかるとか、とにかく面倒事や心配事が多い。

かくいう僕も実はこの記事がおよそ2ヶ月振りのブログになります。一応文章書きが本業なんですけどね、ああもうだめだこりゃ。

さて、というわけで「ブログは単なるアウトプットの場だと割り切る」ことのススメです。

ポイントは以下の3つ。

  • 『拙速』(=拙くても完成させる)
  • 『継続』(=日数が途切れても続ける)
  • 『単純化』(=シンプルな目標・目的を置く)

ブログを書く気が起きない理由

とにかく、この2ヶ月の間は心底ブログを書く気が起きなかった

別に忙しくともなければ、心身ともに健康な状態であったし、時間的余裕も腐るほどあったのです。

それにも関わらず「ブログを書かない」という選択をし続けた理由としては——、

  • ブログ書かなくても別に生きていける(=ブログを書く目的を見失っていた)
  • 記事を書くのに時間がかかるからめんどい(=1記事平均3〜4時間ぐらいかかる)
  • ブログなんかより本読みたいしゲームしたいしアニメみたい(=引きこもり体質による怠惰の極み)
  • 過去の記事が資産になっていてブログを放っていてもお金が入ってくる(=資金稼ぎ的モチベーションの消失)

と、いろいろありますが、もっとぎゅっとまとめて言うと文章書くのめんどいしブログ書く意味わからんって感じです。

余計なプライドが邪魔をしてブログ(記事)が書けない

それなりに長い期間——歴で言うと4年ほどになりますが——文章を書いていると、どうにも「文章」に対して「余計なプライド」を抱いてしまうようなんですよね。

言葉遣いに問題はないか、誤字・脱字はないか、慣用句などの誤用はないか、もっと適切な単語はないか、とかとか。

『もっと気楽に書きた〜い!』と叫びながらパンツ一丁で野原を駆け回る自分がいるかと思えば、その隣の大きな木の下には『心理学的観点から言うとこちらの表現のほうがいいぞよ?』『こちらのほうがロジカルに話を展開できる!』などと、丸眼鏡かけたインテリ野郎の自分がいたりする。

そうやって自分で「文章を書くこと」のハードルを上げている

同じように、「ブログ」に対しても「余計なプライド」を抱えてしまっているんだと思うんです。

『質の高い記事を積み上げて、ブログ全体の価値を高めて行かなければならない』
『ブログを運営している以上、読者にとって有益なコンテンツを提供しなくてはならない』

という風に。

意識しているか、していないかはともかく、

『ブログというものを運営している以上、少しでも価値ある文章を書き連ねていかなければならない』

という気持ちは常にどこかにあったと思うんです。

それを向上心や探究心と捉えるのであれば正しい考えなのかもしれませんが、僕の場合はそういう気持ちが積み重なって「ブログめんどい」ってなっていたんじゃないかなあ、と。

だからこそ、時には一度初心に立ち返って、『ブログは単なるアウトプットの場である!』と、わざとらしくも宣言してみることにしたのです。

「ブログは単なるアウトプットの場」だと割り切ってしまう

「価値の有無」は見方や立場によって変わってきますよね。

『読者のタメになる文章を書かなきゃ!』と思って書いても、それが果たしてどれだけの人間にとって「有益」になっているのかは完全には把握できません。

ある程度はリサーチや分析によって、悩みや疑問、ニーズを絞って的確な答えを提示したりすることはできるでしょうが、これはかなり大変な作業です。

上記の作業がブログアフィリエイトのほとんどであることは間違いありませんし、価値あるもの、有益な情報を提供していくという姿勢はハッキリ言って超素晴らしい。

ただ、あくまで『そもそもブログ書くの辛いんですが』って場合にはブログを単なる「アウトプットの場」だと割り切ってしまったほうがいいというお話です。

ポイント1.『拙速』〜拙くても完成させる〜

兎にも角にも、記事を「最後まで完成させる」ことが大事です。もうね、100点満点中30点ぐらいでいい。

ブラッシュアップ(点数を上げること)は記事を公開したあとにもできるので、一気に仕上げようとするのではなくて段階を踏んでゴールを目指すと結果的に記事の質が高くなるんですよね。

記事を公開すると言っても、大きく分けて「執筆(記事公開前)」と「手直し(記事公開後)」の作業があるんですが、この比率は8:2よりも、5:5のほうが圧倒的に記事の完成度が高いです。

つまり、「力を入れて記事を執筆することも大事だけど、記事を公開してからの手直しも同じぐらい重要だよ」ってことですね。

「やってみなきゃわからない(=記事を公開してみないと改善点が見えてこない)」という「走りながら考える」に近い意味合いもありますが、要は「思い切り」です。

ブログ記事を書くという行為においてもっともパワーを消費するタイミングって「記事を公開するタイミング」だと思うんですよね。

その理由は自信のなさから来るものだったり、完成度に対しての不安だったり、はたまた周りの声だったりするのかもしれません。

でも、その記事公開という高いハードルを「30点でもいいからとにかく公開(=とりあえずの完成として)しよう」とすることでより早くより具体的なフィードバックが得られるというわけなのです。

ポイント2.『継続』〜日数が途切れても続ける〜

よく『ブログ継続◯日目!』という文面を見かけることがありますが、別に連続日数でなくともいいと思うのですよ。

あくまで「継続をしているという行為・現実」によって自分のモチベが上がるというのであれば、日々のハードルを下げて(ベイビーステップ)でも連続日数を積むのを目標にしたらいいのでしょう。

まあ、たしかに毎日続けることに越したことはないですが、変にハードル上げて「あーやっぱりダメだったーもうやめよ」となるよりかは「気が向いたら書く」ぐらいにしておいてもいいんじゃないかな、と。

文章を書くのが辛い理由は「慣れていない」から

もうね、60日近く文章を書いていないと、思うように筆が進まないんですよ。

頭とキーボードを打つ手がシンクロしていないというか、別々の意思を持った生物が体に巣食っているというか、ミギーというか、なんというか。

やっぱり「継続は力なり」ですよ。続けることこそ、真なる正義。努力は裏切らない、もとい継続は裏切らない。

習慣化は継続によってたどり着ける半自動化の境地ですが、そこに至るまではやっぱりその物事の「楽しみ」を知らなければ続きません。

無理して気張って本来の楽しみを損なってしまうのであれば、気楽に、気軽に、テキトーにがんばってみるのも手なのではないでしょうか。

ポイント3.『単純化』〜シンプルな目標・目的を置く〜

何事にも当てはまることですが、もっとこうしたほうがいい、ああしたほうがいいと改善点が見えてくるのは経験値が溜まってきている証拠です。

でも、それらの改善点を完璧にこなそうとしてしまうことで、余計な心配や雑念が入り込んでしまったり、完成までのスピードが鈍ってしまっては本末転倒ということにもなりかねません。

どこに重きを置くかによってもポイントは変わってくるでしょうけど、おおよその問題は「課題の切り分け・シンプルな目標設定」によって改善可能です。要は「単純化」ですね。

考え方をシンプルにしてみるとか、作業をさらに分割してみるとか、目的や目標をもっと単純な言葉に置き換えてみるとか、そういうやつ。

人間の脳みそって約17.5テラバイト(=Wikipedia17個分ぐらい)とほぼ無限大の容量がある(一節によると1ペタバイト)くせに、たかだか3つのマルチタスクでメモリいっぱいになっちゃうんですよね。

そもそもの造りが複雑な作業をするために向いてないので、目標や目的設定だけでなく、作業ごとにたいしても単純化してあげないとダメなんです。ほんと世話が焼ける子ですよ、まったく。

主語を「自分のため」としてみる

「読者のため」「社会のため」「悩んでいる人のため」と言えば、たしかに聞こえはいいです。何も間違っていません。むしろ聖人君子が如くに候なり。

でも、そういう言葉によって自分の思考・行動範囲を狭めてしまっているのなら、それはもったいない。

主語を大きくしてしまっているせいで前に進めていないのなら、一度「自分を主体として」考えてみる。

自分にとって価値があるものか、自分にとって有益か、自分にとって悩みの処方箋になっているか、そういった観点から記事を書いてみる。

そうすると、変なプライドのせいで記事が書けない人でも「記事を書く」って行為のハードルがちょっとは下がるんじゃないかなあ、って思います。

ブログは「メモの延長線上にあるもの」と割り切る

「質の高い」記事を「作成」する——とかね、何度も「推敲」を重ねて「有益なコンテンツ」を生み出す——とかね。

そういう言葉たちによって「ブログ」が変に装飾されて、なんだか高尚なものになりつつあるってのも、ある意味では『ブログってなんとなく敷居高いよな』って結論になってしまう原因の一端を担ってると思うのですよ。

別にブログはこうあるべきとかそういうことを言いたいわけではなくて、あくまで『もっとブログを気軽に捉えてもいいんでね』ということを言いたいのです。

「Facebookの延長線上にあるもの」でもいいし、「Twitterのちょっと長いバージョン」でもいいし、はたまた「チラ裏(=チラシの裏)」「メモの長いやつ」、なんなら「便所の落書き」でもなんでもいい。

自分の中でハードルがぐぐっと下がるような表現、肩の荷がすっと軽くなるような言い方で「ブログ」というものを捉えてみる。

ブログを副業にしたいという場合であっても、ブログの楽しさはブログを書かないとわからないし、継続しないと結果にはつながらない。

何でもそうだと思うんですが、結局はトライアンドエラー、やっていくうちに改善点が見えてくるものなんじゃないでしょうか。

中途半端に知識を持っているから、ちょっと利口だからこそ逆に自分の行動を制限してしまう節って現代人に案外ありがちなパターンなのかもしれませんね。

まとめ

質の高い記事とか、良コンテンツだとか言うからなんだかブログの敷居が高く感じてしまうだけであって、たとえ自分本位の情報であっても価値に結びつけることは可能なはずです。

アニメやドラマの感想であっても、そこから得た知識や情報であっても、どんな雑多な素材からでも、ひとたび「自分」というフィルターを通して出せばそれは立派なアウトプットであり、価値ある作業。

そりゃあ人の記事や文章を丸パクリするのはご法度ですが、結局、どんな偉人だって「無からは何も生み出せない」のですよ。

ex nihilo, nihil fit.ですよ。ラテン語ですよ。Netflixの『13の理由』みてたら、たまたまこの言葉が出てきて思わず暗記しちゃいましたよ。

きっとね、こういうしょーもない知識でも、『えっ、なにそれかっこいい』と思った僕がいて、そしてそれをここに書いて、それを見たどっかの誰かが『えっ、なにそれかっこいい』と思ってくれたらそれは『価値がある』ってことなんですよ。

どんなに偉そうなこと言ってたってそれらはどこからからの出典であって、引用です。

どんなにたくさんの本を読んでいようとも、それらは地球上の誰かが考えた考えをなぞっているだけです。

だからもっと気楽に、勉学のためのアウトプットの場として、ブログを活用してみてもいいんじゃないでしょうかね。

ブログなんて気張らず、蛇足上等バッチコイぐらいがちょうどいい。しらんけど。

以上、「ブログは単なるアウトプットの場だと割り切ることのススメ」でした。

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