理由を探して消耗するくらいなら、僕は理由なんて要らないです

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埼玉にある実家を自転車で飛び出してから約2ヶ月が経とうとしてます。

テントや自炊道具、衣類など、旅に必要になりそうなモノをバッグに詰めて日本中をふらふらふらふら。

旅を続けていると、必ずと言っていいほどされる質問があります。

『旅を続ける理由はなんですか?旅に出ようと思ったキッカケはなんですか?なぜ自転車で旅に出ようと思ったんですか?』

僕はこれらの質問に対して、いつも上手く答えることができません。

そして、同時にこんなことも思うんです。

理由がなく旅を続ける僕は、やっぱり”空っぽ”な人間なのだろうか?』と。

現在は福岡の天神にある警固公園でひたすらぼーっとしてます。

頭の中を整理するためにも、今の素直な気持ちを書いていきます。公園を行き交う人々を眺めながら、静かに、ゆっくり。

旅を続ける明確な理由はないです

もし自転車で旅をしている人がいれば、僕もその理由を知りたくなります。

何か理由があって旅をしているのだろう、何か目的があって旅を続けているのだろう、って気になります。

でも、僕が旅を続ける理由には『これ!』っていうものがない

美味しいものが食べたい、いろんな人に会いたい、綺麗な景色を見たい、っていう漠然とした目的はあります。

だけど、旅を続けるにあたって、絶対に折れないような、誰に何を言われても覆らないような理由は特にないってのが正直なところ。

旅に出ない理由ばかりを探していた

『旅に出たい』と思ったのは僕が中学2年生の頃。ニコニコ動画で見た、とある一つの動画がキッカケでした。


訳もなく涙が出てきて、理由もなく『僕も旅に出てみたい』と思ったんです。『僕はいつか世界中を旅するんだ』と心に決めた瞬間でした。

俗に言う、厨二病ってやつだったんだと思いますね。厨二病万歳。

『自分の可能性を信じてみたい』『どこまでやれるのかを試してみたい』『この世界のことをもっと知りたい』

不可能なことなんてないと思っていたし、「自分ならできるだろう」と根拠のない自信があったわけです。

それでも、この10数年間、この歳になるまで旅に出るって選択は自分は取ってこなかった。

お金とか時間とか環境とか、テキトーな言い訳をどうにか探して、「旅に出ない理由」ばかりを探してたんです。

自分が「やらない理由を探している」ってことに気付いたのは去年の春頃。

やりたいことをやらずにくすぶっている自分がバカバカしくなって、自転車で旅に出ることを決めました。

7年間続けていたバンドも辞めて、アルバイトも辞めて、旅の資金集めのために人生初のスキー場リゾートバイトにも行きました。

中学校の頃の自分の夢を叶えてやりたい

これまで見て見ぬフリをしてたわけです。『自分が旅に出たい』っていう気持ちを。

当然、このときも「自分が旅に出る理由」なんてことは考えてなかったです。

頭の中は「中学校の頃の自分の夢を叶えてやりたい」ってことだけ。ただそれだけ。

もしかするとイジメからの逃避だったのかもしれないですけど、「旅に出たい」っていう気持ちに偽りはありません。

自分が旅に出ることは決定事項だったし、この局面まで来て「旅に出ない」なんて選択肢はなかったわけです。

「自転車で日本一周をする」ってことが旅の目的であり、旅を続ける理由なんです。

心のどこかで理由を否定されることを恐れている

きっと僕は心のどこかで否定されてしまうことを恐れてるんですよね。

「旅の目的は旅をすること」なんて言っても誰にも共感されないだろうし、誰も理解してくれないだろうな、って。

でもそれって同時に「誰にも僕の気持ちを変えることはできない」ってことでもあるんですよね。

誰もが納得できるような理由は持ち合わせてないです。だからこそ自分は折れずに旅を続けることができるんだと思うんです。

アホみたいな量の荷物を積んだ自転車をひたすら押し歩いているときも、寝床が見つからずに夜になっても自転車を漕ぎ続けているときも。

どんなに辛い場面であっても、僕は「この旅をやめちまおう」だなんて思ったことはないです。まぁ、自転車捨てちまおう、ってのは何度も考えましたけどね。

理由を探して消耗するくらいなら理由なんて要らない

困難に立ち向かうためには、それ相応の根拠や信念が必要。

それでも、僕にはそれがないです。

ない、というよりかは自分でもわかっていないという状況なんですよね、きっと。

「理由がなきゃやっちゃいけない」なんてことは決してなく、根拠がないから挫折するってのもあんまりしっくり来ないです。

どうにも、理由がなければ行動してはいけない、根拠がなければ語ってはいけない、信念がなければ夢は叶わないってのに違和感を覚えるわけです。

人間はどうしても理由を知りたくなる生き物だし、僕だってすべてのことに意味があると信じたい。

でも、「やりたいからやる」ってだけでもいいんじゃないかなって。

理由も、目的も、自分がなぜそれが好きなのか、どうして自分はそれを選んだのか、そんなことはどうでもいいんです。

好きなら好きで、嫌いなら嫌い、やりたいからやる、やりたくないからやらない。それで十分です。

理由なんて後付けでいいです。

理由を探して消耗するくらいなら僕は理由なんて要らない

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この記事を書いた人

あめよふれ

あめのはっていいます。どうぞよろしく。

「”とり”あえずやっ”てみ”る。略して、とりてみ」がモットーの24歳。ノマドチャリダー。自転車で日本一周してます。アニメ聖地・心霊スポット・世界遺産巡り。趣味はアニメ鑑賞・ベース演奏・旅行・カメラなど。