13歳の少年はこうして物語のせかいに囚われた

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はてさて。

僕がブログというものに初めて触れたのは、一体いつの頃からだったのでしょう。

僕の記憶が正しければ、あれはおそらく高校1年生の頃。

当時、2ちゃんねるにハマりつつあった僕は、「自分語り」にある種の心地よさを感じていた、のかもしれません。はたまた、「物語を紡ぐ人物」になりたかったのかもしれません。

決して主人公ではなくとも、その物語の語り手、もしくは傍観者でいたかったのかもしれませんね。

思えば、その「自分語り」や2ちゃんねるに入り浸るきっかけとなった出来事は中学校の頃にまで遡ります。

少し昔話をしましょうか。

これは僕と「とある物語」の物語。

10年前のあの日。少年のせかいは崩れ去った

おそらく誰の身にも降りかかるであろう災難。

今や一つの社会問題となっているであろう、ごくありふれた日常に潜む闇。

僕は、僕の歪んだ心が原因となって引き起こされた問題、僕の口から吐き出されたどす黒い発言、それらによって自分のせかいというものを自ら捨ててしまったのです。

エスカレーター式に小学校から中学校に進学した僕と同学年の生徒たち。

小学校の頃の僕は、今思い出してもつくづく最低な人間でした。

小学校時代の回想

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どう最低だったか、それはどうにも自分で口にするのははばかられるし、自分が思っている以上に周りは僕のことを嫌っていたのかもしれません。

こう言ってしまうのもなんですが、小学校の頃の僕は決して嫌われるようなタイプではありませんでした。

顔も悪い方ではなかったし、どちらかというと弁も立つ方でした。周りには常に人がいました。

体力テストの成績は毎年、学年上位の5本の指には入っていたし、運動神経は悪い方ではなかったように思います。

勉強だって出来過ぎず、出来なさ過ぎず、いたって普通の学力を持った生徒。

しかし、『すべての人を平等に愛しなさい』という教育理念のもと厳しく育てられてきたせいか、いささか正義感が強すぎたようにも思いますが。

むしろ、この教育に反発する形で、自宅以外の場所、つまり、学校でストレスを発散しようとしていたのかもしれません。

すべての歯車が微妙に狂い始めたのは、一体いつからだったのでしょうか。

歯車が狂い始めるせかい

成長期に差し掛かったあたりから、僕は次第に“暴力”で物事を解決するようになっていきました。

言葉の暴力、数の暴力、精神的暴力、肉体的暴力。

そういった、”力”とも呼べない”力”で人を支配していき、コントロールをするようになっていったのです。

気に入らないことがあると、数の力で物事をひっくり返し、裏から細工もしました。

その場の優劣を自然に感じ取り、優勢な方にいつも自分を置く。
しかも、その意見や考えがさも自分のものであるかのように。

その様子を近くで見ていた周りの人たちは、自然と僕のことを尊敬していたし、信頼もしていました。

この道化師である僕に。ピエロの僕に。

僕自身も、『今、僕がいるこの場所はあるべくしてあるのだ。僕はいるべくして”ここ”に立っているのだ』と、まるで自分が神にでもなったかのように思っていたのです。

勘違い。見当違い。驕り。慢心。身の程知らず。過大な自己肯定。不遜。自信過剰。

おそらく、どの言葉をとっても当てはまり、どれも間違いではないでしょう。

それほど僕は愚かだったんです。

自分は自分一人の力だけで立っているのだ、と本気で思っていましたからね。

人気者の少年は、いつしかせかいに囚われていた

人の考えがある程度わかってしまうような観察眼と、その場の雰囲気や優勢を判断できる洞察力。
そして、それとなく問題の解が見えてしまうような先見力。

小学生の頃の僕にはそういった能力があったし、今もこれからもそれは揺るがないものだと思っていました。

だから、先生たちからの評価も悪くはなく、むしろ、学年一の人気者に見えていたのかもしれません。もちろん、親に限っても、です。

『誰にでも、平等に、対等に、丁寧に接することのできる良い生徒。おまけに運動神経もよく、人当たりも良い模範的な生徒だ』、と。

しかし、それは何一つ正しい評価ではなかったんです。

確かに、”みんなの人気者”だったかもしれません。
みんなの中心にいるような、”リーダー的存在”だったのかもしれません。

『困ったら必ずあいつが助けてくれる』『あいつに任しておけば何ら問題ない』『頼るべきはあいつだ』

もしかすると、そんなことを思われていたのかもしれません。

少年はただひたすらに”空っぽ”だった

本当の僕という人間はどうしようもなく孤独で、わがままで、寂しく、空虚な人間でした。

裏から人を操り、弱みを握り、暴力で支配し、威圧し、何か起きると口に出さずともクラス中の皆が真っ先に僕の顔を伺うような形が、もうそのとき既に出来上がっていたんです。

“僕がいる”というだけでその場の雰囲気が変わり、瞬時に僕の味方が増え、その場の形勢がどんな状況であろうとも、“僕がいる場所が正しい場所”になりました。

そんな僕を、当時の僕は決して嫌いではなかった。

『自分の思うように世界は回るし、人は動いてくれる。それは大変気持ちの良いものだし、何一つ不自由はなく、この上なく幸せなことだ』

本気でそう思っていました。本気でそう信じ込んでいました。

しかし、本当は誰よりも孤独を恐れ、誰よりも弱く、誰よりも臆病だったんです。

自分が不利な状況に陥りそうになると、すぐに逃げ出しました。
“逃げた”と思われないような形で、その場をすぐに離れました。

僕にはそれが出来た。

けれど、今思い返してみれば、それが上手くいっていたなんて思っていたのは僕だけだったようで、”僕の仮面”はその後、すぐに剥がれることになるわけです。

それもそのはず、本当の僕は、臆病で、孤独を恐れ、誰よりも弱い生き物だったんですから。

だからこそ、自分を取り繕い、「勇気があり、人気者で、誰からも信頼される僕」を演じていたんです。

ただ”それだけ”でした。

僕は、ひたすらに”空っぽ”だった。

中学校時代の回想

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怪我よりも恐れていたこと、それは

中学校に上がって程なくして、僕は右足を骨折した。

入学してから1週間ほどがたったある日のことでした。

僕がこのとき恐れたのは、決して「怪我のこと」ではありませんでした。

当時の僕が心の底から恐れていたこと、それは、学校内における「僕の立場」が不安定になることだったのです。

小さい頃からその場の「空気感」や「人の考え」みたいなものがそれとなく掴めてしまう僕は、もうそのとき知っていたんです。

わかりきっているほどにわかっていた。

怪我をするまでの1週間。

明らかにこの前の、つまり、小学校を卒業するまでの空気ではなかったんですね。僕が知っている空気ではなかった。

『僕という人間が嫌われつつある』。

これは紛れもない事実でした。僕のこういう勘は外れた試しがありませんから。

『Aちゃんの嫌いな人はCちゃんだな』とか、『CちゃんはHくんのことが好きなんだな』とか、『Mくんは人には言えない秘密があるのだな』とか。

Aちゃんの心の弱い部分、Dくんの最も言われたくないこと、Hくんが一番喜ぶ言葉、Mちゃんのコンプレックス、Iくんの悩み。

そういったものがなんとなくわかってしまい、それを確かめるためにそれとなく本人、もしくはそれに近い人物に伝えるのです。

そうすると、決まって『どうして知っているの?』とでも言いたげな顔で、まあるく大きく見開いた目でこちらをじっと見つめてくるんですよ。

すべてがすべて正しいことだったとは言えないけれど、図星のときはすぐにわかります。

当時、”顔に出る”なんて言葉は知らなかったものの、今ならわかります。

あれが”顔に書いてある”ってやつだ、と。

相手が小学生ならなおさらわかりやすいですし。

当時の僕は、あの顔がたまらなく好きだった。

変わりつつあるせかいと少年

さて。

そのようにして、僕を取り囲む環境が変わりつつあることを僕は理解し始めていました。

『どうにかして現状を打破しなければ』『信頼を取り戻さなければ』『上に行かなくては』

僕が「勇気があり、信頼される、人気者の僕」という立場を失うことは、僕の居場所、僕の仮面、僕が今まで築き上げてきたすべてを失うことと同義だったんです。

そういったいざこざの陰には必ず原因がある。
元凶があり、裏から糸を引いている人物が存在し、主犯格がいる。

大抵、こうした村八分とかイジメの類ってのは、大元がいて、周りの人間がただそれに乗っかって楽しんでいるだけなのです。

だからこそ、余計なことへは一切関与せず、真っ直ぐ、ただひたすらにその親玉を叩く必要がある。

もちろん、僕にはそれが誰かもわかっていました。

そして、それが一人ではなく、複数人単位で存在していることも知っていました。

それは、これまで僕が蹴落としてきた人たちだったんですから。

エラー。アクセス拒否。そして、リセット

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僕は、そのとき、初めて自分を呪いました。

『どうして気づかなかった?』『どうしてもっと早く対処できなかった?』『どうして僕がこんな目に遭わなきゃならない?』『どうしてこうなってしまったんだ?』『どうしてあのとき優しい言葉をかけられなかった?』『どうして僕はあんなことを言ってしまったんだ?』

『ど う し て だ ?』

これまでの数年間で蓄積された「僕の間違った行い」が、今こうしてまとめて清算されただけの話。

僕が今までやってきた酷い事柄を今この場ですぐに許してもらえるはずもありません。

言葉や行動で表したって、何一つ変わらない。

何十何百というエラーの数々が、けたたましいアラーム音とともに僕を責め立てる。

——アクセス拒否。修復不可能——。

しかし、僕は諦めなかった。

『心を入れ替え、今までの行いを反省し、言葉だけではなく行動でも示そう。もう一度、きちんと信頼される人間になろう』、と強く誓ったのです。

怪我とウイルスと狭いせかいと

そう思っていた矢先の大怪我。

『しまった』と思った。これから自分の信頼回復のために毎日あちこちを動き続かなければならない僕にとって、これは最大のピンチ。

約1ヶ月間の入院生活ののち、学校に戻ってきた僕はまた思い知らされたのです。

そこから僕の居場所は完全になくなっていました。

僕と喋る人は皆どこか怯えているようで、常に周りの様子を伺っていました。

視界の隅では『おい、そいつと喋るな』と言わんばかりの手で払うようなジェスチャーを感じていたし、自分が変なあだ名で間接的に呼ばれていることも知りました。

陰で悪口を言われていたり、無視をされたり、物がなくなったり、上履きが隠されたり、廊下で避けられたり。

そういったことが毎日のように僕を苦しめた。

もう主犯格をおさえても意味はない。

ここまで広がったウイルスは、親玉を叩いても、たとえ一つ一つ潰したとしても、すぐにまた蔓延する。

まるで蟻地獄の巣のように、はたまた、底なし沼のように、ギャンブル中毒者のように、一度ハマったらなかなか抜け出せない。

僕はこの狭いせかいに囚われてしまった。

それでも、まだ

それでも僕は行動し続けた。

一人一人の印象を正しい方向へと導くようにと、影響力を持った人間やグループを中心に信頼回復に努めた。

学級委員という立場でみんなをまとめたり、クラスの行事では率先して中心に立つように心がけた。かといって、目立ちすぎないように。

自分の悪い部分を必死で直そうとした。必死で自分のいるべき場所を探した。僕が僕でいられる立ち位置を探した。

「変に勘がいいこと」をやめた。「上手に立ち回ること」をやめた。

「何もわかっていないフリ」をし、「人の弱い部分を覗くこと」をやめた。

決して知識は溜め込まず、勉強もせず、変に目立たないように、なんでも上手くこなすことはやめた。

それまで綺麗だった机の中も、わざと汚くした。

とにかく、「デキるやつ」と思われる要素をすべて排除した。

そうした行動のおかげか、はたまた、時間が解決してくれただけなのか、中学3年生になる頃にはだいぶ立場は回復していました。

同時に、その「フリだった僕」が、いつの間にか本当の僕になってしまっていた。

けれども、とうとう僕の願いは叶わなかった。

完璧には僕の信頼を取り戻せなかったのです。

こうして僕の記憶における中学3年間という期間は、僕の人生の汚点、隠したくもあり、隠さなければならない過去になってしまったわけです。

すべては少年自身が始めたせかいだった

元はと言えば、すべて僕のせい。

このウイルスを撒き散らしたのは、他でもない、この僕自身

自分が一番偉く、自分が一番優秀で、自分が一番愛されるべき存在なのだと思っていた僕のせい。

なるようにしてなった結果。されるべくしてされた結果。当然の報いとも言えるべき結果。

仕方がなかった。どうしようもなかった。

あの3年間が僕に課せられた罰であり、僕が犯した罪そのものの証明だった。

物語のせかいとの出会い

さて、少し話を戻しましょうか。

僕がクラスから”浮いた存在”になり始めた頃、唯一僕を救ってくれたのは「物語」でした。

ライトノベルを始めとした、あらゆる物語を綴った本や、アニメ、映画作品だったんです。

中でも、「涼宮ハルヒの憂鬱」というアニメ作品、そして、その原作となったライトノベル本。

これらによって、僕のせかいは新たに再構築されていくこととなるのです。

13歳の僕が物語のせかいに囚われた瞬間でした。

物語との出会いがなければ、卒業までの約2年間半、僕はあそこまで前向きになれなかったかもしれない。

努力すら、行動すら、自分を変えようともしなかったのかもしれない。

そう考えると、やはり僕と僕のせかいはあのときあの瞬間から生まれ変わったと思うのです。

——おっと、ついつい喋りすぎてしまったようですね。

この物語の続きはまた後日させていただくことにしましょうか。

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この記事を書いた人

あめよふれ

あめのはっていいます。どうぞよろしく。

「”とり”あえずやっ”てみ”る。略して、とりてみ」がモットーの24歳。ノマドチャリダー。自転車で日本一周してます。アニメ聖地・心霊スポット・世界遺産巡り。趣味はアニメ鑑賞・ベース演奏・旅行・カメラなど。