「学年一足が遅い奴」が「学年一足が速い奴」になるまで

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小学1年生の頃の私は「学年で一番足が遅い奴」でした。

背が小さく、力も弱い。頭の悪さはデフォルト。背の順で並ぶといつも一番前。

年に一度行われる持久走大会では、太った奴にも負けて100人ほどの男子の中でビリ。ワースト1位。

これは、そんな鈍足亀野郎が「学年一足が速い奴」になるまでの物語。

人生の転換期が訪れる

うちはかなり早熟な家系です。
そこに生まれた私も例外ではありませんでした。

小学3年生頃から急激に体の成長が始まったのです。
1年で30cmほどは伸びたと思います。

成長痛に悩まされ、体のあちこちは痛み、膝はオスグッドになっていました。

しかし、身長が伸びるにつれて筋肉も徐々につき始め、足もだんだんと速くなっていったのです。
いつの間にか、背の順で並んだ時も後ろから3番目あたりの位置まで上り詰めていました。

その頃は「速く走ること」が何よりも好きだったように感じますね。
暇があれば近所を走り回って、怪我ばかりしていました。

そして、小学5年生。

当時高校生だった私の知り合いに”特訓”を受けることになったわけです。
違う学校の友達Kくんと一緒に「速く走るため」に激しい特訓を行いました。

Kくんはその学校で「1番足の速い奴」で、さらにタイムを縮めようと特訓に参加をしたとのこと。

私の足の速さは、学年で中間あたりぐらいまでパワーアップしていました。
他の人よりも比較的速く成長期に突入したことが影響していたかと思います。

速く走るための特訓について

高校生の知り合いは、本気で「速く走るための方法」を教えてくれました。
私たちが小学生であるにもかかわらずです。

その時の特訓メニューは以下の通り。

  • 腹筋
  • 一日中つま先立ち
  • 兎跳び
  • 坂道ダッシュ
  • フォームの修正
  • 重りをつけての生活

とにかく、上半身を鍛えることを教えられました。
来る日も来る日も腹筋。特訓を始めてからほとんど毎日筋肉痛でしたね。

あとはつま先立ち。これが一番キツかった。
授業中も、階段を上る時も、風呂に入る時も、学校から帰る時も。
常に”つま先立ち”。どんなときでもかかとを浮かせて行動していました。
初めのうちはすぐに足をつり、筋肉の痙攣が止まりませんでしたが、2週間ほど経つとだいぶ慣れてきました。

そして、坂道ダッシュと兎跳び
どちらも坂を使ったトレーニング。

50mほどの坂道を全力ダッシュ。
これを吐くまでやらされました。飲んだ水がまるで噴水のように宙を舞うのです。
小学生の時にやるとは思えない過酷なトレーニングでした。

兎跳びも同様。膝に響くんですわ……。
オスグッドですし。

トレーニングの方法をある程度学び、あとは自主トレ。
近所の坂を使って日が暮れるまで走っていましたね。

そして、1ヶ月に一度ほど、高校生の知り合いに会ってタイムを計測。もちろんKくんも一緒です。
小学6年生になる頃には、トレーニングのおかげもあってかKくんと同じぐらい足が速くなっていました。

そして。

私はついに「学年一足が速い奴」の称号を得たわけです。

たしか、当時の記録は6秒後半あたりだったでしょうか。校長先生に褒められたことを覚えています。
その結果、地区の400mリレーの選手にも選ばれました。一番足が速い奴が走るのは2番手だということで、私はそのポジションだったわけです。

何校もの学校が集まり、足の速い奴がわんさかいる。
おそらく、私たちのチームは優勝候補

順調に行けば間違いなく優勝トロフィーを掻っ攫える。

ですが。人生そんなに甘くないんですね。

1番選手の時点ではぶっちぎり1位。
そして2番手の私の出番。

前傾姿勢を取りすぎて、顔面から盛大に転倒。
リレーのバトンは3mほどぶっ飛び、それを取りに行くのでも時間ロス。

ここで勝負は決まりました。

ビリです。

私は、再びビリになってしまったのです。
言わずもがなトラウマの記憶。

さらなる追い討ち

そのトラウマを背負いながらも、私は本気でオリンピック短距離選手を夢見ていました。
何よりも走ることが好きで、誰にも負ける気がしなかったのです。

ですが、そんな時に事件は起きました。

中学に入学して1週間目で足を骨折。

原因は「足で廊下を雑巾掛けしていたせい」です。

www.toritemi.com

スネの骨って”脛骨”と”腓骨”の2本で出来ているんですが、これが”両方ともポッキリと折れていた”んですね。

お医者さんも「こんなに綺麗に折れてるのは珍しい」と仰っていました。「雑巾がけで骨を折った」というのも初めて聞いた、とかなり驚いている様子でした。
それもそのはず、怪我の原因を誰に話しても信じてもらえないばかりか、本人が一番信じられないわけですから。

この出来事がきっかけとなり、私は走ることから少しずつ離れていってしまったわけです。
「学年一足が速い奴」の時代は、悲しいことに長くは続きませんでした。

まとめ

以上、「学年一足が遅い奴」が「学年一足が速い奴」になるまでというお話でした。

頂点の座は短い間でしたが、足が遅いことで有名だった少年は晴れて「足が速い奴」になれたわけですね。
足の怪我が治った後も、この時のトレーニングが効いたのか運動能力は高いままでした。持久走大会でも学年で一桁に食い込むほど。

何はともあれ、「努力は必ず実を結ぶ」ということを身を持って知った瞬間でした。

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この記事を書いた人

あめよふれ

あめのはっていいます。どうぞよろしく。

「”とり”あえずやっ”てみ”る。略して、とりてみ」がモットーの24歳。ノマドチャリダー。自転車で日本一周してます。アニメ聖地・心霊スポット・世界遺産巡り。趣味はアニメ鑑賞・ベース演奏・旅行・カメラなど。